「SNSで『-100m』って流れてくるんですけど、何がすごいのか分からないんです」
すごいことは分かります。でも、フィンを履いていたのか、素潜りだったのか、ロープを手繰ったのか、競技会での記録なのか。ここが分からないと、数字はただの数字です。
この記事は、自分で競技をするためではなく、流れてくる記録の数字を読めるようになりたい方に向けて書きました。答えから言います。「-100m」を見たら、まず種目名を探してください。無ければ、その数字は比べる相手のいない数字です。 出典はAIDA Internationalの競技規則v17.5(2024年3月版)の原文と、AIDA公式の世界記録データです。
持ち帰りは3つです。
- 「-100m」を見たら、まず種目名を探してください。 同じ深度でも、FIM(ロープを手繰って上下する種目)の137mと、CNF(フィンもロープも使わず素の体で泳ぐ種目)の103mには34mの差があります
- 「世界記録」と書いてあったら、団体名を確かめてください。 AIDAとCMASは別の台帳を持っています。黄カードが1枚でも付いた記録は、世界記録になりません
- 競技の映像は、浮上したあとの15秒を見てください。 器材を外す、OKサイン、「I’m OK」。ここが終わるまで、その潜水はまだ記録になっていません
種目名が無い数字は、比べる相手がいません
フリーダイビングの記録は「深さ」や「秒数」ではなく、「どの制約のもとで達成したか」で意味が決まります。
FIMで137m、CNFで103m。同じ「深度」で34mの差があり、この差はフィンとロープという2つの道具が作っています。種目名がセットで初めて記録になります。
10種目の正式な定義
| 略号 | 名称 | 定義(AIDA 3.1) |
|---|---|---|
| STA | Static Apnea | 気道を水中に入れた状態で、できるだけ長く息を止める |
| DYN | Dynamic With Fins | フィン/モノフィン(両足をそろえて差し込む1枚もののフィン)で、できるだけ長い距離を泳ぐ |
| DYNB | Dynamic With Bifins | 二枚フィンで、できるだけ長い距離を泳ぐ |
| DNF | Dynamic Without Fins | 推進具を使わず、できるだけ長い距離を泳ぐ |
| CWT | Constant Weight With Fins | フィン/モノフィンと腕で潜降・浮上する |
| CWTB | Constant Weight With Bifins | 二枚フィンと腕で潜降・浮上する |
| CNF | Constant Weight Without Fins | 腕と脚だけ。推進具もロープを引くことも禁止 |
| FIM | Free Immersion | ロープを手繰って潜降・浮上する |
| VWT | Variable Weight | 重り付きソリで潜降し、自力で浮上する |
| NLT | No-Limits | ソリで潜降し、浮上も装置を使ってよい |
「Constant Weight(一定重量)」とは、潜降時と浮上時で身につける重りが変わらないという意味です。VWTは記録挑戦専用でAIDAは競技会を公認せず、NLTは「もはやAIDAの公認対象ではない」とされています。Herbert NitschのNLT 214m(2007年)が20年近く止まっている理由はここにあります。
STAの公認記録は、男子が11分35秒(Stéphane Mifsud・2009年)、女子が9分39秒(Heike Schwerdtner・2026年6月5日)です。男子記録は17年間、更新されていません。
記録の読み方①:カードの色
競技では、浮上した選手に対して審判団が色付きのカードで判定を示します。白は減点なし、黄は減点あり、赤は失格で0点です。判定は浮上から30秒〜1分の間に示されます。そして規則v17.5の10.2には、記録を読むうえで決定的な一文があります。減点を含む記録は世界記録として扱わない、という一文です。
No result that includes a penalty shall be treated as an AIDA World or Continental Record. — AIDA Competition Rules v17.5, 10.2
黄カードが出た時点で、その潜水は「成立はしたが記録ではない」ものになります。 なお、判定に迷いがある場合は選手に有利なほうを取る、と規則が定めています。競技規則としては珍しい書き方です。
記録の読み方②:15秒のサーフェスプロトコル
深く潜ること、長く泳ぐことと同じくらい、「浮上してから何をするか」が競技を決めます。サーフェスプロトコルの目的は、選手が低酸素状態にあるかどうかを客観的に検査することだと規則に書いてあります。低酸素が進むと、人はまず「順番どおりに決められた動作をする」ができなくなります。それを検査に使っています。
3つの動作を、15.0秒以内に、この順で
- 目や気道を覆う器材(マスク・ゴーグル・ノーズクリップ=鼻をつまむ小さな器具)をすべて外す
- 審判にはっきり見えるOKサインを1回出す
- 「I’m OK」または「I am OK」と口頭で言う
制限時間は、気道が水面を破ってから15.0秒です。順番を守らなければ失格です。「1回だけ」は厳格に定義されていて、両手で同時に出す、一度離してもう一度出す、反対の手で繰り返す、はすべて二重サイン扱いで失格です。「意識が曖昧なまま、念のためもう一度OKを出す」のが低酸素のサインだと規則は見ています。判定が示されるまで、鼻と口は水面上に保たなければなりません。
記録の読み方③:申告と減点
競技では、選手は潜る前に到達する数字を申告します。実際の結果が申告に届かないと、STAは1秒あたり0.2点、プール距離種目は1mあたり0.5点、深度種目は1mあたり1点が引かれます。そのほか、早すぎるスタートは5秒ごとに1点、ターンで壁に触れない・ロープを掴むは1回5点、安全ランヤード(体とロープをつなぐ命綱)を外すと10点です。
自分の限界ぎりぎりを申告すれば高得点を狙えますが、届かなければ減点され、ブラックアウトすれば0点です。どこを申告するかの判断が、そのまま順位に効きます。同点の場合は申告と実績の差が小さいほうが上位で、宣言どおりに潜った者が勝つ設計です。
ブラックアウトの扱い
規則は、ブラックアウトのあとの扱いを段階別に定めています。水面でのブラックアウト(Mild)はその日はもう潜れず翌朝メディカルチェック、水中0〜10m(Moderate)は最低1日の休養、10m以深(Severe以上)はその大会ではもう潜れません。同じ大会で3回目はどの程度であっても潜水禁止です。競技の規則書がここまで細かく規定していること自体が、この競技が何と隣り合っているかを示しています。
「世界記録」には団体名が要ります
フリーダイビングの国際団体はAIDAだけではありません。CMAS(世界水中連盟)も独自の競技規則と記録台帳を持っています。「フリーダイビングの世界記録は◯◯m」という文には、どの団体の公認かが付いていないと意味が確定しません。この記事で挙げた数字はすべてAIDA公認記録です。AIDAは湖と海・高所・氷の下といった条件別の記録を一切認めず、記録は種目と性別だけで区切られます。
日本の記録については正直に書きます。日本フリーダイビング協会のサイトには競技記録のページがありますが、2026年8月21日に開いたところ、記録の一覧は掲載されていませんでした。現行の日本記録を一次ソースで確定できない状態です。
この記事で確認できなかったこと
- 現行の日本記録(協会の競技記録ページに一覧が無い)
- CMASの種目一覧と公認記録、AIDAとの種目の対応関係
- 34回AIDA世界選手権(2025年・和歌山)の詳細(日本で開催され複数の世界記録が出たが、未取材)
次の一歩
種目名と、カードの色と、15秒。この3つが分かると、競技の映像はまったく別のものに見えてきます。
- 次の大会のライブ配信を開いて、浮上後の15秒だけを見てください。 器材を外し、指でOKを作り、「I’m OK」と言うところまでが競技です
- 記録の数字を見かけたら、種目名と団体名を探してください。 どちらも書かれていない「〇〇m」は、比べる相手のいない数字です
- 潜る側に回りたくなったら、資格の比較記事から読んでください。 競技の数字は、そこから何年もかけて積み上げた先にあるものです
守るものは3つだけです。それさえ持っていれば、見るのも、いつか自分で潜るのも、ただ楽しいものになります。
本記事はAIDA Internationalの競技規則v17.5および公認記録データ(2026年8月21日時点)に基づく情報提供です。規則は改訂されます。最新版は各団体の公式サイトでご確認ください。
