日本語で「フリーダイビングの資格」を調べると、AIDA・SSI・PADI・Molchanovs・RAID という団体名がバラバラに出てくる。そして、どれがどう違うのか分からないまま終わる。

比較記事の多くは、どこかのスクールが自分の扱う団体を勧めているか、出典のない数字を写しているかのどちらかだからだ。

この記事は、各団体が自ら公開している規格書と公式コースページの原文だけを根拠にした。数値はすべて出典つきで、末尾に一次資料のURLを並べてある(取得日:2026年8月20日)。

先に結論:あなたが取るべき1枚

迷っているなら → PADI か SSI

日本国内で開催しているショップの数が圧倒的に多い。つまりスケジュールが合う。「まず一枚」ならこの2つで実質的に困らない。

数字で自分を測りたいなら → AIDA

競技記録を公認している団体そのもの。合格ラインが規格書で公開されているので、受ける前に自分の現在地が測れるのはAIDAだけだ。

トレーニングを長く続けたいなら → Molchanovs

認定要件が5種目に細かく分かれていて、「自分はどこができていないか」が可視化されやすい。

そして、後から移れる

どの団体の資格でも、他団体へはクロスオーバー評価で移れる。最初の一枚で人生が決まるわけではない。近くで開催している団体から始めていい。

以下、その根拠を数値で示す。

そもそも、なぜ資格が要るのか

フリーダイビングは器材が少ない。マスク・スノーケル・フィン・ウエイトがあれば、物理的には潜れてしまう。それでも資格が実質的に必要になる理由は3つある。

① ひとりでは練習できないから

素潜りの事故は「ひとりで潜っていた」ケースに集中する。ダイバーズアラートネットワーク(DAN)は安全指針の第一条として「フリーダイビングのルール1は、練習であっても決してひとりで潜らないこと」と明言している。

講習は技術を習う場であると同時に、安全確保の手順を身につけたバディを得る場でもある。

② 深いプールに入れないから

首都圏の水深5m級プールは、団体登録に「有資格者の常駐」を課しているところが多い。個人でふらっと行って深場で潜る、ということが制度的にできない。

③ 保険と現地サービスの前提になるから

海外のフリーダイビング施設やツアーは、認定レベルで潜れる深度を区切っていることが多い。

つまり資格は「腕前の証明」というより、練習環境へのアクセス権に近い。

5団体、性格がまるで違う

数値の前に、成り立ちを押さえておくと表の読み方が変わる。

AIDA — 競技の本家

1993年設立。競技フリーダイビングの世界記録を公認している団体そのもの。教育プログラムは競技の定義と地続きで、規格書のSTA / DYN / CWT / FIM は競技規則と同じ言葉で定義されている。

規格書にはレクリエーショナル領域の上限を「38m」と定める一文もある。競技団体でありながら「ここまでが趣味の範囲」を明示しているのは示唆的だ。

PADI — 国内で最も出会う

スキューバ教育の世界最大手が展開するフリーダイビング課程。日本国内の開催店舗数が最大級で、eラーニングを含む教材のローカライズが進んでいる。

SSI — ログを積む設計

同じくスキューバ由来の国際教育団体。デジタル教材とダイブログの管理が中心に据えられており、コース進行の要件に**「ログした潜水回数」**が入るのが特徴。

Molchanovs — 方法論を売る

現役の世界記録保持者アレクセイ・モルチャノフが立ち上げた団体。トレーニング方法論そのものが商品で、認定要件が5種目に細分化されている。

RAID — 選択肢としては細い

比較的新しい国際教育団体。オンライン教材主体。日本国内の開催は上記4団体より少ない。

最初の1枚:5団体の数字

「最初の一枚」に相当するレベルを、公開されている数値で並べる。単位は原文のまま併記した(フィート表記の団体があるため)。

AIDA 2 PADI Freediver SSI Freediver Molchanovs Wave 1 RAID OW Freediver
静的無呼吸 STA 2分00秒以上 90秒(目標) 最低要件なし 未公開 記載なし
ダイナミック DYN 40m以上 25m(目標) 100ft(約30m) 未公開 15m
深度 CWT 12m以上/上限20m 10m(目標) 約9m/上限約18m 未公開 上限20m
年齢 18歳以上 12歳以上 12歳以上
講習構成 限定水域2+海洋3/2日以上 学科6・プール2・海洋2

※AIDA2は水温12℃未満なら深度10m、16歳は保護者署名で受講可。SSIの数値は規格書上の Level 1。

読み取れることが3つある。

① AIDAがいちばん厳しく、いちばん明確

STA 2分・DYN 40m・CWT 12m が「〜以上(at least)」として規格書に書かれている。合格ラインが公開されているので、事前に自分の現在地を測れる。

② PADIの数字は「合格要件」ではなく「目標」

ここが最大の落とし穴だ。PADI公式のコースページは一貫して「Goal(目標)」と書く。つまり90秒に届かなければ不合格、とは書いていない

③ SSIは静的無呼吸に最低秒数を課していない

2018年版規格書のFreediving Level 1には「最低要件なしの静的セッション」とある。息を止められる長さより、水中で落ち着いていられるかを見る設計だ。

SSIのコース名は改称されている。 数値が載っているのは2018年版規格書(Level 1/2/3)で、現行サイトは Freediver/Advanced/Performance という名称。現行ページには秒数・距離の記載がなく「最大トレーニング深度」(20m/30m/40m)だけが示されている。旧規格の深度上限とほぼ一致するため対応は推定できるが、STA・DYNの数値が改定されたかは公開情報から確認できない。受講前にショップへ現行基準を確認してほしい。

最大の落とし穴:その数字は「要件」か「目標」か

もう一度強調したい。比較表を横に読むときは、その数字が合格要件なのか目標なのかを必ず見る必要がある。

  • AIDA … 「at least 2 minutes」=要件
  • PADI … 「Goal - static apnea of 2 minutes, 30 seconds」=目標
  • SSI … 「minimum 165 feet」=最低値
  • Molchanovs … 種目別の要件一覧

したがって「PADI Advanced(2分30秒)とAIDA3(2分45秒)は15秒差」という比較は、表面的には正しくても実務的には誤解を招く。

AIDA3の2分45秒は越えないと認定されない線。PADIの2分30秒は指導の到達目標。 自分に必要なのがどちらの厳しさかで、選ぶ団体は変わる。

種目名はAIDAの競技規則が共通語

呼称はAIDAの規則書が事実上の標準になっている。定義はこうだ。

  • STA(Static Apnea)… 気道を水中に沈めた状態で、できるだけ長く息を止める
  • DYN(Dynamic With Fins)… フィン/モノフィンで、できるだけ長い水平距離を進む
  • CWT(Constant Weight)… フィンや腕で泳いで目標深度まで潜降・浮上する
  • FIM(Free Immersion)… ロープを手繰って潜降・浮上する

「CNF」「DNF」の NF は No Fins、つまりフィンなし。Molchanovsが要件を種目別に細かく分けているのは、この分類に忠実だからだ。

中級・上級:ここから団体差が開く

AIDA 3 PADI Advanced SSI Level 2相当 Molchanovs Wave 2
STA 2分45秒以上 2分30秒(目標) 2分30秒以上 2分30秒
DYN 55m以上 50m(目標) 約50m以上 50m/DNF 35m
深度 24m以上/上限30m 20m(目標) 約18m以上/上限約30m CWTB・FIM 24〜30m
前提 18歳以上/AIDA2修了 15歳以上/Freediver 15歳以上/ログ6回 Wave 1修了

さらに上のレベル。

AIDA 4 PADI Master SSI Level 3相当 Molchanovs Wave 3
STA 未確認 3分30秒(目標) 3分30秒 3分30秒
DYN 未確認 70m(目標) 75m 75m/DNF 50m
深度 未確認 32m(目標) 約30m以上/上限40m CWTB・FIM 34〜40m
前提 AIDA3修了+CPR資格 18歳以上 18歳以上 Wave 2修了+CPR資格

このレンジに入ると、どの団体も応急手当・CPRの有効な資格を要求してくる。AIDA4は「2年以内に取得したCPRを含む応急手当の資格」を明記している。

中級以降の要件は「自分が深く潜れること」から「相手を助けられること」に移る、と読むのが正しい。

AIDA4の数値は未確認とした。 一般に STA 3分30秒/DYN 70m/CWT 32m と紹介されることが多いが、今回参照したAIDA4公式マニュアル本文中に該当の要件表を確認できなかった。複数の非公式ソースが同じ数値で一致しているものの、一次資料で確認できたものだけを数値として扱う方針のため未確認とした

日本で取りやすいのはどれか

数値の比較より、実務的にはこちらのほうが効いてくる。

  • PADI・SSI … 国内の開催店舗数が最も多い。首都圏・関西・沖縄のいずれでも複数のショップが定期開催していて、日程が合わせやすい
  • AIDA … 日本支部が窓口として機能。競技志向のコミュニティにアクセスしやすい
  • Molchanovs … 国内提携校は増えているが、選択肢は限られる
  • RAID … 国内開催は上記より少ない

冬に思い立った人へ

実務上の分岐点は海洋実習が必須かどうかだ。エントリーレベルでも海での潜降を要件に含むコースだと、実習は伊豆などの海洋シーズン(おおむね6〜11月)に縛られる。

冬なら、まずプール完結型のコースから入り、春以降に海洋を足す。この順序が現実的だ。

他団体に移れるのか

移れる。 AIDAは公式マニュアルで、他団体の中級・上級認定者がAIDA3クロスオーバー評価を経てAIDA4に入れる旨を明記している。SSIも他団体資格を認定要件に算入する旨を示し、Molchanovsは既存団体のインストラクター向けクロスオーバーを設けている。PADIも上位コースの前提を「PADI Freediver または他団体の同等資格」と書く。

ただし、団体間の対応関係を一覧化した公式マトリクスは、どの団体も公開していない。「AIDA2はSSIのどれに当たるか」は、最終的に受け入れ側インストラクターの評価で決まる。移籍を前提にするなら、移る先のショップに先に確認するのが確実だ。

目的別・選び方

「まず体験してみたい。深く潜るかは分からない」 → PADI Basic Freediver、または各団体のプール完結コース。海洋実習がないぶん安く、季節にも縛られない。

「一枚取って、海で潜れるようになりたい」PADI Freediver か SSI Freediver。 開催数が多く日程が組みやすい。この2つで実質的に困らない。

「自分の数字を知りたい。競技も少し気になる」AIDA 2。 合格要件が公開されているので目標が明確。STA 2分・DYN 40m・CWT 12m を目指す形で練習が設計できる。

「トレーニングそのものを長く続けたい」Molchanovs Wave 1〜2。 種目別の要件と継続的なコーチングの枠組みが強い。

「将来インストラクターまで行くかもしれない」 → 上位まで同一団体で通すほうが、前提条件の読み替えが起きず結果的に速い。通える範囲でその団体の指導者養成まで完結できるかを、最初に確認しておく。

この記事で確認できなかったこと

誠実に書いておく。

  • CMASのアプネア規格の数値 … 公式アーカイブが認証必須で参照できなかった
  • AIDA4固有の合格数値 … 公式マニュアル内に要件表を確認できなかった
  • RAIDの Advanced / Master レベルの数値 … 参照できた公式教材が Foundation / Open Water のみだった
  • SSIの現行(2018年版以降)のSTA・DYN数値 … 現行コースページに記載がなく、改定の有無を確認できなかった
  • 各団体の日本国内トレーニングセンター数の実数 … 公式検索から件数として取得できていない

これらは各団体・国内支部への確認を経て順次更新する。この記事の数値はすべて、末尾の出典で誰でも検証できる。 改定を見つけたら教えてほしい。


本記事は各団体の公開資料に基づく情報提供であり、特定の団体・スクールとの提携関係はありません。実際の受講条件・料金は開催ショップにより異なります。安全に関わる判断は必ず有資格のインストラクターに従ってください。