「フリーダイビングを始めたいけど、どれくらい息を止められればいいんですか」

いちばん多い質問だと思います。たいてい「2分くらい」といった曖昧な答えが返ってきます。正確な答えは目的によって違い、それは各団体が規格書に数字で書いています。

この記事は、これから講習を受ける方に向けて書きました。答えから言います。必要なのは、長くて2分です。最初の資格の線が90秒〜2分で、海で遊ぶだけなら1分あれば足ります。 鍛える対象は肺活量ではなく、二酸化炭素が溜まったときの苦しさへの耐性と、力を抜けるかどうかです。

今日から動くことは3つです。

  1. 必要なのは、長くて2分。 最初の資格の線が90秒〜2分です
  2. 鍛える対象は肺活量ではありません。 苦しさへの耐性と、力を抜けるかどうかで決まります
  3. 伸ばす前に、死なない条件を満たしてください。 ひとりでの限界までの息こらえと、潜る前の過換気だけは例外なくやらない

必要な秒数は、目的で決まっています

目的別に必要な息こらえ秒数の比較。海で10m往復するなら60秒、PADI Freediver 90秒、AIDA2は2分、PADI Advanced 2分30秒、AIDA3は2分45秒。AIDA公認の世界記録は女子9分39秒、男子11分35秒と桁が違う。
図: 各団体の公式要件と AIDA 公認記録から BLUE BREATH が作成。10m往復の60秒は単純計算であって団体の基準値ではない。
資格 静的無呼吸の秒数 位置づけ
PADI Freediver 90秒 目標(Goal)
AIDA 2 2分00秒 合格要件(at least)
SSI Freediver 最低要件なし —
PADI Advanced 2分30秒 目標
AIDA 3 2分45秒 合格要件

数字の意味が団体で違います。AIDAは「越えないと認定されない線」、PADIは「指導の到達目標」です。詳しくは資格の比較記事にあります。「最初の一枚」に必要なのは、長くて2分です。

海で遊ぶだけなら、1分あれば足ります

意外に思われますが、レクリエーションで潜るのに長い息こらえは要りません。水深10mを往復するとして、毎秒0.5mで進めば片道20秒、往復40秒です。水底で少し留まっても1分前後で戻れます(単純計算で、団体の基準値ではありません)。

効いてくるのは「長さ」より「余裕」です。 60秒止められる人が40秒の潜水をするのと、80秒止められる人が同じ40秒の潜水をするのでは、後者のほうが圧倒的に安全に楽しく潜れます。限界の半分以下で行動する、が基本です。AIDA公認の世界記録は男子11分35秒、女子9分39秒ですが、これは人間の幅を知るための数字です。

何が息こらえの長さを決めているのか

「肺活量が大きい人が有利」と思われがちですが、決定要因ではありません。

息こらえを終わらせているのは、酸欠ではありません

Willieらはエリート息こらえダイバー17名を測定し、動脈血の酸素含量が40〜50%低下しているのに、脳血流が同じだけ増えて酸素供給量は維持されていた、と報告しています。息こらえが終わるのは、脳が酸欠になったからではありません。終わらせているのは主に二酸化炭素の蓄積による呼吸衝動です。横隔膜がけいれんし、「もう吸わないと」という感覚が来ます。だから鍛える対象は、肺の容量ではなく、この衝動への耐性です。

顔を水につけて息を止めると、哺乳類潜水反射(体が自動で心拍を落とす反応)が働きます。心拍が落ちれば酸素の消費も減ります。リラックスできることが、そのまま酸素の節約になります。息こらえを繰り返すと脾臓が縮んで赤血球が血流に出るので、1本目より3本目が楽なのは気のせいではありません。

鍛えると本当に伸びるのか

8つの研究・138名を統合したメタ分析(Massiniら 2023)は、静的息こらえ時間の改善は介入後に大きな効果を示した、と結論しています。

3つの方法(息こらえ訓練・体力訓練・両者の併用)はいずれも静的息こらえ時間の改善に有効だったが、既存のプロトコルからは、息こらえ時間ひいてはフリーダイビングのパフォーマンスを改善する理想的な方法を推奨することはできない。 — Massini ら(2023・メタ分析)

訓練すれば伸びる、は科学的に支持されています。ただし「これが正解のメニューです」と言い切れる根拠は、2023年時点の研究の総体として存在しません。 「◯週間で◯分伸ばすプログラム」の類は、この事実の上に立っています。

CO2テーブル(息こらえを一定にして休憩を短くしていく)とO2テーブル(休憩を一定にして息こらえを長くしていく)は広く使われていますが、どちらが優れているかを示す質の高い比較試験は確認できませんでした。指導者のもとで、自分の反応を見ながら選ぶ以上のことは言えません。

絶対にやってはいけない3つ

① 潜る前の過換気

深呼吸を繰り返すと長く止められるようになります。これは警報器の電池を抜く行為です。過換気で減るのは二酸化炭素であって、酸素ではありません。「苦しい」が来るのが遅れるだけで、酸素は増えていません。苦しくないまま酸素が尽きます。Lindholmらの測定では、競技ダイバーの最大息こらえ終了時の肺の酸素分圧(肺の中の酸素の濃さ)は26.9±7.5mmHgまで落ち、運動制御を失った2名は19.6と21.0でした。意識を保てる下限は25〜30mmHg付近とされます。余白はほとんどありません。

② ひとりでの練習

DANの安全指針の第一条は「フリーダイビングのルール1は、練習であっても決してひとりで潜らないこと」です。水中はもちろん、陸上での限界までの息こらえも単独では行いません。 意識を失っても本人は気づけません。

③ 「あと少し」を我慢する

呼吸衝動は苦しいですが、体を守っている警報です。記録を狙う場面での我慢は、訓練を積んだ人が、安全確保のある環境で行うものです。

この記事で確認できなかったこと

  • Schagatayら(2000)の訓練期間・頻度の詳細数値(本文が有料で未参照)
  • CO2テーブル/O2テーブルの効果を直接比較した研究
  • 初心者の平均的な息こらえ時間の公表された一般値(別の記事で78人の研究を引いています)

次の一歩

読んだだけでは秒数は変わりません。順番はこの3つです。

  1. まず、いまの自分の数字を1回だけ測ってください。 陸の上で座ったまま使える息こらえタイマーを置いてあります
  2. 測った数字を、上の90秒〜2分の線と比べてください。 届いていなくても、短いのではなく慣れていないだけです
  3. 伸ばす練習を始める前に、見てくれる人がいる場所を1つ決めてください。 日本の練習拠点データに34件を都道府県つきで載せてあります

記録は「限界」ではなく「余裕のある値」で残してください。守ることは3つだけです。

本記事は査読論文および指導団体・DANの公開資料に基づく情報提供であり、医学的助言ではありません。息こらえのトレーニングは必ず有資格のインストラクターの指導下で、バディ(一緒に潜って見張り合う相手)とともに行ってください。