「ひとりで潜るな、と言われますけど、隣にいて何をすればいいんですか」

「ひとりで潜るな」は、フリーダイビングで最も繰り返される言葉です。でも標語のままでは人は亡くなります。バディ(一緒に潜り、互いを水面から見張り合う相手)が具体的に何を見て、何秒待って、何をするのかが決まっていないと、隣にいても助けられません。

この記事は、バディとして誰かを水面から見る側に回る方に向けて書きました。答えから言います。やることは3つです。「何か変だ」と思ったら待たずに動く、浮上後45秒は目を離さない、反応が無ければ30秒で人工呼吸。 典拠はRAIDのOpen Water Freediverレスキューマニュアル(2023年12月版)で、数値は原文から取っています。

  1. 「何か変だ」と思ったら、待たずに動いてください。 前触れが何ひとつ出ないことがあります。不機嫌なダイバーのほうが、意識のないダイバーよりましです
  2. 浮上後45秒は、目を離さないでください。 危ないのは深いところではなく、浮上の最後の10mと、水面に出た直後です
  3. 手順は RESCUE → RESPONSE → REVIVE。 30秒たっても反応が無ければ人工呼吸、さらに1分で引き上げてCPRです

まず、いちばん重要な事実

低酸素の外的兆候について、教材の最初の項目は「無し!」です。ブラックアウトや低酸素けいれんの前に、何の兆候も無いことがあります。内的な自覚症状のリストも、同じく「無し!」から始まります。自分が低酸素であることに、まったく気づかないことがあります。

自覚に頼る安全管理は成立しません。 これがこの競技の設計思想を決めています。だからバディがいます。

LMCとブラックアウトは別物です

LMC=体の制御が効かなくなる

日本では「サンバ」(体が震えて言うことを聞かなくなる状態)とも呼ばれます。教材の定義は、脳への酸素不足によって起こる運動制御の喪失(Loss of Motor Control)です。程度は、ほとんど気づかないような手の震えから、全身のけいれんまで幅があります。症状は、震え、ぎくしゃくした頭の動き、頭を水面上に保てない、うつろな目つき、ろれつが回らない、などです。通常は浮上直後に起こります。

低酸素けいれんは通常、セーフティダイバーの介助があれば自然に収まる。介助が無ければ、ダイバーは溺れる危険がある。 — RAID Open Water Freediver レスキューマニュアル

セーフティダイバー(潜る人を水面や中層で見張り、必要なら迎えに行く役)は、特別な肩書きではありません。交代で潜っていれば、上がってきた相手を見る側が、そのつどこの役になります。

ブラックアウト=意識を失う

息こらえに関連する意識喪失はすべて、脳への酸素不足という同じ原因を持ちます。意識を維持するのに必要な水準を酸素が下回ると、脳の酸素需要を減らして重要な脳組織を守る仕組みとして、ブラックアウトが起こります。気絶は故障ではなく、防御反応です。 ただし水中では、その防御がそのまま溺水につながります。

教材は、肺胞内酸素分圧(PpO2)の目安を数値で示しています。正常0.21、LMCが0.16、ブラックアウトの可能性が高い0.12、意識を保てる最低値0.10。正常から限界まで、半分落ちるだけです。

酸素分圧のしきい値を示した棒グラフ。正常0.21、低酸素けいれん0.16、ブラックアウトの可能性が高い0.12、意識を保てる最低値0.10。
図: RAID オープンウォーターフリーダイバーのレスキュー教材が示す値を BLUE BREATH が作図。ただし教材内に原典となる研究の記載は確認できていない(本文末尾を参照)。

なぜ「浮上の最後の10m」が最も危ないのか

サーフェスブラックアウトは最も多いタイプだと教材は明記しています。理由は、その時点で体内の酸素は潜水中で最も少ないこと、ボイルの法則(圧力が半分になると気体の体積は2倍になる)により最後の10mで肺の気体が2倍に膨らんで酸素濃度が急落すること、頭が水面に出た瞬間に重力がかかり脳の血圧が一時的に下がること、です。

ボイルの法則の作用により、深いところでは十分な酸素が血中にあっても、浮上中の圧力変化によって、その水準が意識維持の閾値を下回るまで急激に落ちることがある。 — RAID Open Water Freediver レスキューマニュアル

「余裕があった」という感覚は、水深が変わった瞬間に無効になります。

45秒ルール

浮上したら安心、ではありません。水面に出てサーフェスプロトコル(決められた呼吸と合図)を済ませたあとでブラックアウトした競技ダイバーの事例は数多くあり、だからこそ浮上後少なくとも45秒間は注意深く監視する、と教材は書いています。酸素が脳に届くまでには遅れがあります。「OK」のサインを出した後こそ見てください。

バディの手順

水面バディイング(水深10m以下)の手順はこうです。

  1. ダイバーが潜り始めたら真上に移動し、潜水のあいだずっと見る
  2. 自分はスノーケルで呼吸しながら休んでおく(緊急時に動けるように)
  3. 浮上したら、片手を脇の下に、もう片方をラインやブイの上の手に添える
  4. 名前を呼びながらリカバリーブレスを声で導き、正しい呼吸を実演して見せる
  5. 完全に回復するまで監視を続ける

人の名前を使い、リカバリーブレスを実演して見せることは、意識を失いかけているダイバーが回復プロトコルをやり遂げる助けになることが示されている、と教材にあります。

深度バディイングでは、10〜30m未満の潜水なら10mで、30m超なら目標深度の約1/3で合流し、そこから同期して浮上します。

救助手順:RESCUE → RESPONSE → REVIVE

深さに関係なく、ブラックアウトへの対応は同じです。

  1. RESCUE … ダイバーを水面に上げ、気道を水から出した状態でしっかり保持する
  2. RESPONSE … 顔の器材を外す。目と頬に息を吹きかける。顔を軽く叩く。名前を使って、大声で呼吸するよう指示する(blow, tap, talk)。マスクを外すのが先です
  3. REVIVE … 30秒経っても反応が無ければ、人工呼吸を開始する。さらに1分経っても回復しなければ、助けを呼び、水から引き上げてCPRを開始する
ブラックアウト発生からの救助手順を時間軸に並べた図。直後にRESCUEとRESPONSE、30秒たって反応が無ければ水面で人工呼吸、さらに1分たって回復しなければ水から引き上げてCPRへ移る。並行して、浮上後45秒間は監視を続ける。
図: RAID のレスキュー教材が示す手順と秒数を、縦の間隔が実時間に比例するよう BLUE BREATH が作図。黄色の帯は45秒ルールの監視期間。

秒数が決まっているのは、その場で迷わないためです。LMCの場合も、水面で保持し、器材を外し、はっきりと力強く回復呼吸を声で導きます。そして事後対応です。LMCの後、ダイバーのエネルギー備蓄は枯渇しているので、その日(24時間)は潜水を中止します。「回復したからもう1本」は、最も危険な判断です。

見るべきサイン

自分では気づけない以上、バディが見ます。教材が挙げる外的兆候は、動きが止まる、フィンキックが遅い・弱い・不規則になる、逆に急に速くなる、急に空気を吐く、焦点の合わない目、唇が青い、そして「いつもと違う、何か」です。

不機嫌なダイバーのほうが、意識のないダイバーよりましだ。 — RAID Open Water Freediver レスキューマニュアル

この一文が、バディの判断基準として最も実用的です。「気のせいだったら悪いから」で待たないでください。自覚症状のリストには「潜水が急に楽に感じる」もあります。「今日は調子がいい」は、低酸素の症状であることがあります。

事故を避ける原則は4つです。潜る前に速く深い呼吸を繰り返さない(過換気は多くのブラックアウトの主因です)、訓練されたバディなしに潜らない、段階的に進める、正しいウエイト量にする、の4つです。日本でどれくらい起きているかは、統計に区分が無いので分かりません(素潜りの事故は年に何件?)。

この記事で確認できなかったこと

  • 「blow, tap, talk」の tap を外す議論(2025年ごろから業界内にあるとされるが、主要団体の指針改定は一次資料で未確認)
  • AIDAの公式レスキュープロトコル原文(本記事の秒数はRAID教材のもの)
  • PpO2閾値の出典(教材内に原典となる研究の記載が無い)

次の一歩

手順は、覚えるものではなく、体が動くようにするものです。今日できることは3つです。

  1. 一緒に潜る相手と、上の3つを声に出して確認してください。 「45秒見る」「変だと思ったら動く」「30秒で人工呼吸」
  2. 救助の実技を、講習で1回だけ受けてください。 読んだ手順は水中では出てきません。1回やっておけば、体のほうが先に動きます
  3. 見てくれる人がいる場所を、1つ決めてください。 日本の練習拠点データに、Webで確認できた34件を都道府県つきで載せてあります

守ることは、結局3つだけです。この3つが揃っている海は、怖い場所ではありません。

本記事は指導団体の公開教材に基づく情報提供であり、医学的助言でも講習の代替でもありません。救助手順は実技訓練を経て初めて機能します。必ず有資格のインストラクターのもとで学んでください。